鹿野 淳さん(MUSICA)・川崎テツシ (STANCE PUNKS)「風立ちぬ」ライナーノーツ🍀

ユウテラス 公式

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◉鹿野 淳 (MUSICA) ライナーノーツ


とんでもないメロディー力と、とんでもないメロディーの読解力を持った演奏を誇るバンドである。



なんて大それた言葉を放ったけど、ユウテラスを知ったのはつい最近、ちなみに結成からすでに25年ほど経っているバンドである。the band apartの原から、「このバンドに入ったからさ」と言われて聴かされた音楽がこの『風立ちぬ』で、それはもうあの髭ズラが前にいようと心の底から夢心地だった。何年も前の音源も、今回のアルバムも全部そう。まさに「エバーグリーンとはこのこと」とばかりの瑞々しさを楽曲自体が放っているバンドである。みんながみんな、富士山の清流水という言葉に踊らされて高い水を買っているこの世の中で、だったらこのバンドの音楽の方がよっぽど清らかだぞと声を大にして言いたい気持ちだ。いや、言う。

 


酒飲みの戯言として読んで欲しいのだが、メロディーを敢えて人間に表すと「表情」なんじゃないかと思う。では和音(コード進行)はといえば「背骨」、そしてグルーヴ(リズムの絡み合いやリズムそのもの)は「腰骨」。ちなみにそれ以外の曲の展開、アレンジ、サウンド、アンサンブルなどは「筋肉、洋服、アクセサリー、そして化粧」であり、最後になったが歌詞は比喩にも何にもなっていないが「口」である。口から放たれるもの(言葉)は時にわかりやすいし、時に有り難いし、時にうるさい。



何を言いたいかというと、人間を知ろうとすればするほど「表情が全て」なんじゃないかと思う。大切な人の背骨や腰骨がどうなのかなんて実際には夫婦にならないとよくわからないし、化粧や洋服、時に筋肉はその人をとても表すけど、所詮脱いだり剥がしたらただの「物」。そこに本質的な大事さはない。



だけど表情はどうだろう? 僕は好きになった人、大事になった人、大切な人をそう認識した瞬間の表情を今の所一生忘れていない。あの表情がなかったら今はこうなっていないという気持ちで、誰かと一緒の人生を歩んでいる。



ユウテラスのメロディー=表情はなんともいえないほど幸せであり儚くもあり、途方にくれて困ってもいるし、それでも何かを信じて曲がりくねった道のりの先を見詰めている。もう、本当に堪らない表情である。



そしてソングライターの大澤の浮かべた表情をメンバー全員が信念に満ちた確信をもって読解し、それを音にして鳴らす。しかも表情をなるべく邪魔しない、だけどその表情を引き立たせたいし、何よりも一人でも多くの誰かに知らせたいから、愛に満ちたスタイリングやメイクアップをアレンジとして丁寧に施す。要は、最高のバンドシップでもって、曲を仕上げている。洗練されたアレンジは、けしてお洒落なんてものではなく、音楽やメロディーに取り憑かれた者たちの愚直な愛情表現そのもの。だからこそ、どの曲も無茶苦茶にソウルフルだ。


 

とにかく素晴らしいバンドだ。今まで埋れていたことをどうこう言っても仕方がない。今はただただ、未だエバーグリーンなバンドに触れた幸運を、アルバム『風立ちぬ』を聴くことで一層深めたい。

きっと風は吹くーー。


 

鹿野 淳(MUSICA


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◉川崎テツシ (STANCE PUNKS)

「風立ちぬ」ライナーノーツ


ユウテラス「風立ちぬ」に寄せて


ユウテラスというバンドには大澤雄介という一人の奇怪な男がいて、僕が知り合った時には彼はユウテラスのギターボーカルであった。というのもユウテラス自身の歴史は長いらしく、元は女性ボーカリストがいたらしい。僕が初めてユウテラスの存在を知ったのはちょっと記憶が曖昧なのだけど、たぶん2001年くらいだろうか。神戸のpi:zというライブハウスでガガガSPと共演していたのをツアーの合間に見に行った時と記憶しているけど、昔過ぎて覚えてない。違うかもしれない。しかし、そのライブはとても良かった。狭くて天井の低い地下室で、人がパンパンにつまったライブハウス。音がデカいとにかくヘタでもデカい音で鳴らしたやつがエラい、みたいな雰囲気のイベントで、ユウテラスだけがしっかり音楽だった。音楽性どうのこうのという言葉はまやかしでしかないと思っているが、ユウテラスの音楽が好きになった。それは極上のポップソングだった。しかし、なんだろう奇怪であった。気を衒っているわけではない。たぶんそれは大澤雄介の持つ二面性というものなのだろう。その時のライブで聴いた「青春ジェット」という曲に僕はヤラれてしまったが、その日、僕は彼に話かけなかった。紹介してもらいたいと言えば出来ただろうが、しなかった。本来、僕はライブハウスで好きなバンドを見つけて、すぐに楽屋に行って話すようなタイプではないのだ。良いバンドを観たときはその余韻のまま帰りたい。自分が出ていないライブならなおさら。それはいま思うと同じ表現者としての悔しさもあるのだと思う。すごいバンドに出会ったという嬉しさと焦燥感。でもそれでも不思議と縁を感じると、いつかまた再会できるのだ。ちょうど周りに共通の友人がいたのもあって僕達はわりとすぐに知り合いになった。それから何回か僕がベースを弾いてるSTANCE PUNKSでも対バンしたりして仲良くなっていった。彼は情に熱い、友達思いの男だった。それを物語るエピソードがあるのでひとつ紹介したい。

STANCE PUNKSのツアー中の鹿児島で、僕は網膜剥離という目の病気になった。絶対安静でトイレ以外ベッドの上で1ヶ月以上の入院生活を余儀なくされた。しかも退院1週間前に再発し、そのあと2回手術をして退院は延び、精神的に参ってるときに、雄介は毎日見舞いに来てくれた。1日も欠かさずに。漫画ツルモク独身寮を持って。そして色々な話をした。彼の音楽への態度は常にまっすぐで、その純粋さ故に商業音楽業界への態度はパンク的であった。それがユウテラスを商業的成功から遠ざけた理由のひとつなのは間違いない。しかし、そんなバンドは当時珍しくなかった。


彼が東京から神戸に引っ越したあと、しばらくはお互い疎遠になった。共通のバンド仲間であるガガガSPの面々からたまに話を聞いていたが、彼がまたこっちに来るまでは会わなかったと思う。横浜で再会して、その後お互いソロなどで共演するようになったりして、また連絡を取り合うようになった。そして彼は新しいユウテラスを再始動させた。それもまた飛びきり面白い人たちを集めて。


↑↑↑

これは前置きだから使わなくて大丈夫です。

下の文章から使ってください。

(このまま使ったからね!笑 by 大澤雄介)


20年くらい前、僕らはバンドで夢が見られる時代をたしかに生きていた。薄暗い地下室の中にはわずかな希望の光が差し込んでいた。そんな最中に出会った僕らが20年の月日を経て、まだ夢のなかを彷徨っている。

地球は太陽の周りを20回ほど周り、もうすぐこの世界は新しいフェーズへと移り変わるだろう。いま、世の中にくらやみが覆う。それは僕らを外側と内側の両方から侵食してくる。それでも僕らがどこかあっけらかんとしていられるのは、まだまだ世界中の音楽が鳴り止まないから。この胸の内側に今も響いてくる音楽を創作したいし、あなたが作った音楽でこの胸を踊らせたいと思えるから。僕も君も、この新しいユウテラスの新譜を手にしたら「まだこの世の中も捨てたもんじゃないな」って思えるはずだ。


川崎テツシ(STANCE PUNKS Ba.)


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